
むろい邦彦の人間像とは?
![]() 昭和22年4月、京都に生まれました。両親(父を下記へ詳しく)と双子の姉とともに写 真館で記念撮影。 |
![]() 幼児時代 わんぱく盛りの4才頃。本当にわんぱくにのびのびと育ちました。 |
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父・室井兵衛(左記写 真・現役時代) 【略 歴】 大正元年8月12日 福島県南会津郡下郷 町字志源行、郡蔵の長男として生まれる 昭和7年12月 関東軍奉天独立守備歩兵 第二大隊入隊。後陸軍士官学校(少2 2 期)卒。独立守備歩兵第二大隊付。陸 軍 大尉幹候・下候教官、教育主任、第一 中 隊長などに任ずる。この間、満州、北支 、 北千島などを転戦、宗谷(大岬)で終戦 。 終戦直後、釧路聯隊区司令部付(副官) 。復員業務、機構改正、進駐軍接収業務 処理。 昭和21年4月 京都市に復員、しばらく同 志社大学に学ぶなど雌伏の時代。 昭和23年9月 尼崎市日亜製鋼株式会社 に入社。 昭和29年9月 尼崎市にて化学工業、運 送業界に入り、第二の人生開始。室井運 輸株式会社取締役会長、諸団体役員を 歴任。 【著 書】『下郷殉国史』『満州独立守備隊』 同期生戦記『殉国』編集 |
![]() 32才の頃、アメリカ商務省の招きでアメリカの中小企業の視察に1カ月間各地を巡りました(グランドキャニオンにて)。 |
![]() 視察の合間にディズニーランドで。 |
![]() 尼崎市議会議員選挙の出陣式で緊張の面もちの私。妻・秀子とともに。 |
![]() 政治家の原点。尼崎市議会議員に初当選当選した36の頃。 |
![]() 尼崎青年会議所理事長として、「国際ハーフマラソンを主催」、最高齢(90才)の参加者と握手。 |
![]() 尼崎青年会議所理事長として「日米スポーツ会議」を運営しました。 |
![]() 兵庫県会議員時代。 |
![]() 警察常任委員長として各地を視察しました。 |
衆議院議員として本会議場で質問。 |
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![]() 小沢一郎代表からは、若い政治家をまとめるリーダーとしての役割を期待されています。 |
![]() 小沢代表の政策・理念を学ぶ若手代議士の勉強会「一新会」を立ち上げ、初代代表幹事に就任しました(写 真は第2回全国研修会)。 |
![]() JR尼崎線事故では、いち早く現場に駆けつけ状況を把握しました。 |
![]() 阪神・淡路大震災の体験を未来に生かすことは、犠牲者の方々に対する私たちの責務です(震災メモリアルウォークに参加)。 |
![]() 衆議院選挙では、妻・秀子(現衆議院議員)が献身的に応援してくれました。 |
![]() むろい後援会の支持者の皆様の激励と期待が、いつも私の原動力となっています。 |
![]() 日華議員連盟の代表として台湾の李登輝元総統と会見。 |
![]() 民主党「民主党日英議員連盟英国訪問団」事務局次長として、小沢代表らと共に英仏を視察。ブレア首相らとも会見しました。 |























